2011年10月11日火曜日

No.26 教祖を身近に 連載 第26回 霊魂の問題(1)

                   教祖を身近にNo.26
          霊魂の問題(1)
「こかんや秀司が来てくれるから、少しも寂しいことはないで。」、「秀司やこかんが、遠方から帰って来たので、こんなに足がねまった。一つ、揉んでんか。」、「正善、玉姫も、一しょに飲んでいるのや。」(『逸話篇』一一〇、魂は生き通し)

  「正善、玉姫」とは山本利雄氏の『続人間創造』の中で、二代真柱正善様が秀司さんの生まれかわりで、玉姫とは初代真柱様の長女玉千代様のことで、こかん様の生まれかわりであると説明されています。秀司さんは明治十四年六十一才で、こかん様は明治八年三十九才でそれぞれ出直されていますが、魂は生き通しで、現身をもたれている教祖と会話、飲酒をされていたということになります。これをどのように受け取ればいいのでしょうか。
 まず魂とは何かみてみましょう。
 魂は原典においては、「高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい」(十三、45)「一寸の虫にも五分の魂」(M29.3.24)の二ヶ所にしかでてきません。おさしづの方は常識的なことわざで、おふでさきに一ヶ所しかありませんので、原典に基づいて論じることは極めて困難であります。
 
哲学者カントは魂は形而上学的な存在で、理論理性によっては、認識、証明が不可能であり、実践理性(道徳)によってその存在が要請される、と考えています。道徳的に完全無欠な人間になることは、この世では不可能で、その実現はこの世をこえて無限の前進においてのみ可能で、そのことから必然的に、理性は道徳的主体としての人格、すなわち魂の存在、不死を要請することになります。従ってカントにとっては魂は経験界にじかに見出され、科学的に探知され、検証されるようなものではなく、あくまで信仰の対象とされるものであります。
 
さて人間存在は一般に三つの次元、側面から成り立っているとみなされています。第一は身体的、第二は心的、第三は霊的次元で、第三の霊的次元については、これまで古今東西において様々な見方が示され、百家争鳴の観を呈しています。
 代表的な見方を紹介しますと、ユングの自我(Ego)に対する自己(Self)、これは無意識に潜在するもう一つの自分で、この自己の働きを知り、その声に耳を傾ける、こうした自我と自己、意識次元と無意識次元が生き生きと交流し、結びつくようになることが自己実現とみなされます。
 
仏教の唯識思想では、眼識、耳識、鼻識,舌識、身識、意識の六識の根底に思考活動を本質とする末那(マナ)識、さらに深層にある阿頼耶識が存在すると考え、このアラヤ識こそが、たとえ表層の心が働かない場合でも、常に働き続けて身体を生理的にも維持している、とみなされています。また身、口、意による三業(行為)は、なされた瞬間に種子となって、アラヤ識にたくわえられ(現行薫種子)、それが再び次の行為の原因となってくる(種子生現行)と考えられています。
 
本教においては深谷忠政氏は、魂とは、心づかいの起点である我れの抽象形態で、魂が展開して心となり、その現実形態が心づかいである。魂の現実存在ともいうべきものが我れなる主体である。魂はいんねんの担い手で、心の可能性、心の自覚性、心の原性とも言われる。魂は等価値で、心の原性には区別はないが、何回かの生まれかわりの中に、個人差がでてくる、との見解を示しています。(『天理教教義学序説』一四六、一四七頁)
魂と心と身体は互いに密接な相関、因果関係をもち、心と身体は魂のいんねんに相応しいものを借りていて、心の働きはその本質である魂に規定され、心の働きは逆に魂に影響を与え、それが原因となって身体のあり方、心のあり方を変えていく、と考えられます。  また魂としての作用、すなわち心は身体をもつ生命の誕生に始まり、身体の生命が終わるとともに停止すると考えられます。
 
では「魂の生き通し」の逸話はどのように考えればいいのでしょうか。
 初代真柱様が明治二十年一月十三日教祖に尋ねられた三箇条の根本教理の第一に、「この屋敷に道具雛型の魂生れてあるとの仰せ」とあります。また『こふきの研究』和歌体十四年本に「29 くにさつちのかみさまハ親さまのたいないこもりだきしめござる 30ことしから三十年たちたなら なあハたまひめもとのやしきへ」、「32 つきよみハしやちほこなりこれなるハ にんげんほねのしゆこふのかみ 33 このかみハとふねん巳の六十と い才にてぞあらハれござる」と示され、こかん様、秀司さんが、くにさづち、つきよみのみことの魂をもたれている、と教えられています。教祖はいざなみのみことの御魂で、ともに人間創造の時の道具衆の魂であるため、私たち人間の魂と異なり、魂だけで、心の働きも持たれているからではないでしょうか。
 
では人間の魂は、出直して次にこの世に生まれかわってくるまでの間、どのように存在しているのでしょうか。
「このものを四ねんいせんにむかいとり 神がだきしめこれがしよこや」(三、109)「それからハいまて月日しいかりと だきしめていたはやくみせたい」(七、68)
この二つのお歌は『おふでさき註釈』によりますとともに明治三年陰暦三月十五日に出直された秀司さんの庶子お秀様のことで、明治十年たまえ様として出生されますが、ここにはっきりと魂は親神によって抱きしめられていると示されています。これは魂とはあくまで信仰の対象で、その存在は科学的に検証されないもの、時間空間をこえていて客観的に実在するといえないもの、従って魂はいつ、どこに、どのように存在するかいうことのできないもの、この意味ではあるともないともいえるものであり、逆にどこにでもあるともいえるものであることを教えられているのではないでしょうか。
 
山本利雄氏は魂はモノ(客観的物体)ではなく、モノとモノとの関係、コト(客観的現象)である、と説明しています(『続人間創造』)が、このコトという見方も実体視されるおそれがあり、魂の個別性については考慮されないという問題があるように思います。
 教祖は慶応元年おはる様懐妊のとき、「今度、おはるには、前川の父の魂を宿し込んだ。しんばしらの真之亮やで」と述べられていますが、魂の宿しこみとは粒子のようなものを入れるように考えられやすいのですが、魂から生命が誕生すると考えますと、その魂に刻印を打つようなものではないでしょうか。
「人間ノタマヒ(魂)ナルハドジョウナリ」(説話体十四年本)、「親神は、どろ海中のどぢよを皆食べてその心根を味わい、これを人間のたねとされた」(『教典』二七頁)ということは魂とは、受胎後何ヶ月が経って宿しこまれるものではなく、魂が生命の母胎ということではないでしょうか。
 
村田幸右衛門さん(明治十九年六十六才出直)の次のような話があります。幸右衛門さんが晩年になって三才の子供でもしないような仕草をするので、教祖にお伺いすると、教祖は「魂はもう先方へ宿っておるがな」と仰せられたそうです。(『おさしづ語り草』)これも魂を実体として考えると分らない話ですが、魂の宿し込みを魂への刻印と考えると、理解できると思われます。

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